労働者が退職して退職金を受領した後に、後日、懲戒解雇相当の事由が判明したなどとして、使用者から退職金の返還を求められるケースがあります。
この点、退職金規程に退職金の返還又は不支給に関する条項が存在しないのであれば、返還義務が認められる可能性は、まずありません。使用者が労働者の行為によって損害を被っていたとしても、使用者としては、別途、損害賠償請求をするほかなく、退職金とは関係のない話です。
これに対し、退職金規程に退職金の返還に関する条項があり、これに該当するというのであれば、一応、返還義務の有無が問題となりえます。また、返還に関する条項はなくとも、不支給に関する条項があり、この条項に該当する、というのであれば、受領した退職金が不当利得(民法703条)にあたるものとして返還を命じられる可能性が出てきます。
しかしながら、いずれにせよ実際に返還を命じられることになるのは特殊なケースです。
というのも、退職金には「賃金の後払い」としての性格があります。しかるに、使用者がその一部又は全部を不支給としてしまうことには、労働者によほどの背信性がある場合でなければ合理性を認め難いからです。裁判所は、退職金規程に退職金の不支給を可能とする条項があっても、この条項の適用は、労働者にそれまでの勤続の功を抹消(全額不支給の場合)ないし減殺(一部不支給の場合)してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限り許されるとしています(東京地裁判決H7.9.29労判687号69頁等)。