退職にあたり、使用者から退職後に残業代を請求しないことを約する誓約書や未払賃金がないことの確認書・念書に署名・押印を求められるケースがあります。
このような場合、労働者としても、応じる義務はないと分かっていても、拒否すれば最後の給料の支払いを保留されてしまうことを恐れ、署名・押印に応じてしまいがちです。
このような誓約書・確認書・念書は有効なのでしょうか。
この点、最高裁は、労働者が在職中の不正経理の弁償として退職金を放棄した事案において、労働基準法24条1項本文の定める賃金全額払いの原則の趣旨に照らせば、労働者の賃金債権を放棄する意思表示の効力を肯定するためには、それが労働者の「自由な意思に基づくものであることが明確でなければならない」と判示し、当該事案においては、意思表示が労働者の「自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していたものということができる」として意思表示の効力を認めました(シンガー・ソーイング・メシーン事件最判昭和48年1月19日・民集27巻1号27頁)。
逆に言えば、誓約書等によってなされた賃金債権を放棄する旨の労働者の意思表示は、その意思表示が「自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していた」といえない場合には無効とするのが最高裁の見解であると推察されます。
ですので、仮に上記のような誓約書等に署名・押印してしまった場合であっても、それ故に未払いの残業代等の請求は不可能と判断してしまうことは早計であるといえます。