退職金は、就業規則等で退職金を支給することとその支給要件、支給基準が定まっている場合には賃金にあたり、退職者に退職金請求権が認められます。
労使慣行も労働契約を規律するルールの1つですから、労使慣行に基づいて退職金請求権が認められる場合もありえます。
しかし、「支給要件、支給基準が定まっていること」が退職金請求権が認められる要件であることは、労使慣行を根拠とする場合も同様です。
この点、退職金規程がない会社でありながら、一律の支給基準に従って退職金が支給されている例はまれでしょう。
そうすると、労使慣行を根拠として退職金請求が可能となるのは、一応、退職金規程の案が作られていながら、就業規則(の一部)として周知する措置が取られていなかったといった特殊な事案に限られるように思われます。たとえば、吉野事件東地判平成7年6月12日(労判676号15頁)、日本段ボール事件東地判昭和51年12月22日判時846号109頁)は、そのような事案です。
支給基準が定まっているか否か、これが退職金請求の可否を決する分水嶺といえそうです。
他方、労使慣行の成立要件として、「同種の行為又は事実が長年にわたって反復継続されてきたこと」を要すると言われますが、裁判例は、退職金請求との関係では、支給基準が明確な場合、さほど、この要件を重視していないようです。上記の各裁判例で認定された退職金支給実績は、前者が約3年間に十数件、後者が1年余の間に3件に過ぎませんが、退職金を支給する慣行が労働契約の内容になっていたものと認められています。