賃金が年俸制の場合について、世間では、勤務成績の不良その他の理由によって使用者が次年度の年俸額を自由に減額できると理解する向きがあるようです。しかし、それは誤解というべきだろうと私は思います。
労働条件の変更は、労働者と使用者の合意によって行うことが原則です(労働契約法3条1項、9条)。たとえ勤務成績の不良等の事情があったとしても、労働者の同意無く、賃金を切り下げることが当然にできるものではありません。
もっとも、年俸制は、年度ごとに賃金額を決定する制度であり、合意がまとまらない場合には使用者に決定を委ねることについて予め労働者が同意して雇用契約を締結したなら、使用者には労働者の包括的な同意に基づく決定権があると解することも理論的には可能でしょう。
しかしながら、賃金という最も重要といってよい労働条件の決定について、使用者に委ねてしまうような合意は、労働者と使用者が対等の立場に立って行う合意とは言い難く、無条件で有効と解することは適切でないと思われます。
この点、年俸を一方的に減額された労働者が従前の賃金との差額分の支払いを求めた事件で、請求を認容した東京高裁の裁判例があります(日本システム開発研究所事件東高判H20.4.9労判959号6頁)。
上記裁判例で裁判所は、使用者が合意なく年俸額を決定できるための要件として「年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正」であることを要求し、この要件が満たされていないなら「年俸について、使用者と労働者との間で合意が成立しなかった場合、使用者に一方的な年俸額決定権はなく、前年度の年俸額をもって、次年度の年俸額とせざるを得ない」と述べています。
年俸額の一方的減額が強行された場合には、上記の東京高裁判例を援用し、評価基準等の詳細かつ公正な規定が整備されていないことを理由に一方的減額は許されないとして争うことが考えられます。