労働基準法は賃金全額払いの原則を定めています(同法24条1項前段)。給料は全額支払われなければならず、使用者が給料の支払いにあたって何らかの名目で控除を行うことは、たとえ使用者が労働者に対して控除額相当の債権を有している場合であっても許されないのが原則です。違法に控除された場合、労働者は、控除分の給料が未払いであるとして使用者に請求することができます。
法令上の根拠を有する場合(所得税の源泉徴収、住民税の特別徴収、社会保険料等)や労使協定に基づく場合(組合費、社内貸付の返済金等)の控除は適法ですが、中小企業の場合、それらの適法に行える場合に当たらない控除を行っているケースが少なからずあるようです。よく聞くのが「親睦会費」等の名目で忘年会や社員旅行の負担金を徴収しているケースです。労使協定も無く行っているような場合なら明らかに賃金全額払いの原則に反するといえます。
そのような場合、労働者が会社に対し、控除額について不当利得返還請求を行うことは可能でしょうか。
上述のとおり違法な控除があれば、控除額相当の賃金の未払いがあることになりますから、未払賃金の請求として控除額の支払いを求めることはできますが、賃金の時効は短い(本稿執筆時点では3年)ため、3年前以前に遡って控除額を請求したい場合に不当利得返還請求として構成することができれば労働者にとって有利です。
不当利得返還請求権が成立するためには、相手方に法律上の原因の無い利得があり、そのために請求者に損失が発生したといえる必要があります(民法703条)。
この点、給料から不当に控除された場合、使用者が控除額分の給与の支払いを免れたとしても、上述のとおり控除額分の賃金は未払いであることになります。使用者には未払賃金債務があり、労働者には債権があるので、法律上は使用者に利得は無く、労働者に損失は無く、不当利得返還請求権は発生しない、という理屈になりそうです。
しかし、裁判例には、給料からの不当な控除にかかる不当利得返還請求を認めたものがあります。東高判R3.3.24(労判1250号76頁)及びその原審である横浜地判R2.6.25(労判1230号36頁)は、会社が引越作業に従事する労働者に対し、就業規則所定のものとは手続きも金額も異なる「引越事故責任賠償金」を負担させ、給料から控除していた事案で、控除額の不当利得返還請求を認めました。
東京高裁は、賃金未払いがあるから「利得」「損失」が認められないとする会社側の主張に対し、単なる賃金の不払いではなく、会社が労働者に対して引越事故責任賠償金を負担する義務があるものと誤信させて賃金支払請求権を行使させず、賃金支払債務を免れたことを理由に「利得」「損失」の存在を認めました。
「賃金支払債務を免れた」といっても、客観的・法的には賃金債務は残存しているのであって、一時的に履行を免れたに過ぎず、法的な観点で控除額相当の「利得」「損失」があったと言えるのかは疑問の余地が無いではありません。とはいえ、労働者の側とすれば、このような判断を東京高裁がしていることは結構なことであって、参考にしない手はありません。
給料からの不当な控除額について不当利得返還請求と構成して請求する場合には、上記裁判例を参考に、会社がどのような手段で正当な控除であると仮装し、控除額相当の未払賃金の請求を妨げてきたかの具体的事情を主張・立証し、単なる賃金の一部不払いではないと裁判所に認識してもらえるよう努めるべきでしょう。