会社が労働者を休業させた場合、平均賃金の6割の支給が必要であることはよく知られていると思います。就業規則にその旨の規定を置いている会社も少なくないでしょう。では、会社は、そのような規定に基づいて、いつでも労働者を休業させて給料の4割をカットすることができるのでしょうか。
まず、法律がどうなっているか確認しておきます。
民法536条2項は、「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」と規定しています。
休業の場合に当てはめると、休業について会社に「責めに帰すべき事由」があるときには、労働者は賃金全額の請求ができる、ということになります。
他方、労働基準法26条は、「使用者の責に帰すべき事由による休業」の場合について、使用者は労働者に平均賃金の6割を支払わなければならないものと定めています。同条の違反に対しては付加金の制裁(同法114条)や罰則(同法120条1項)が設けられています。
上記の2つの規定(民法536条2項と労基法26条)の関係については、後者が前者の特別法であって、休業の場合については労基法26条のみが適用されるとする解釈も考えられますが、判例は、そのようには解していません。判例は、両規定の要件をともに満たす場合、民法536条2項に基づく賃金請求権と労基法26条に基づく休業手当請求権が競合することを認めています(ノースウエスト航空事件最判S62.7.17民集41巻5号1350頁)。通説も同様です(菅野和夫『労働法〔第12版〕』457頁等)。
しかし、労基法26条が強行規定であるのに対し(同法13条)、民法536条2項を含む民法の危険負担に関する規定は一般的には任意規定と解されています。
そうすると、2つの請求権が競合するのが原則だとしても、当事者間の契約で民法536条2項の適用が排除されていれば、休業手当請求権のみが発生するようにも思えます。
そして合理的な就業規則の規定は周知されることによって労働契約の内容となりますから(労働契約法7条)、「休業の場合には休業手当(のみ)を支給する」旨の就業規則の規定がある場合、民法536条2項の適用が排除され、休業手当のみが請求可能となるのではないか、という疑問が生じます。
この点が争われた事案で、裁判所は、就業規則の規定は労働基準法26条の趣旨を定めたものに過ぎず、民法536条2項の適用を排除するものではないとしました(いすず自動車(雇止め)事件東高判H27.3.26労判1121号52頁)。
裁判所は、当該事案の就業規則の解釈としてそのように判断したに過ぎませんが、おそらくは、一般的にそのような解釈がなされるものと推測されます。使用者に民法536条2項の意味での帰責事由(※)があるにもかかわらず、賃金の4割カットを認めることは公平の観念に照らして適当ではないからです。裁判所に、上記裁判例のように就業規則の規定を合理的に限定解釈しようとする意識が働くことは一般的と思われます。
では、就業規則に「いかなる事由による休業であっても民法536条2項は適用せず、賃金の4割はカットする」旨明示的に定めていたとすればどうでしょうか。
この場合、合理的限定解釈の手法は通用しませんが、裁判所は、そのような規定は民法によれば認められるはずの労働者の利益を一方的に害するものであって「合理的な労働条件が定められている」(労働契約法7条)とはいえず、拘束力を有しない、とするのではないかと推測します。
つまり、いずれにせよ会社は、民法536条2項の意味での帰責事由(※)のある休業を労働者にさせる場合、就業規則の規定によって賃金の4割カットをすることはできない、と考えられます。
※民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」と労基法26条の「使用者の責に帰すべき事由」の異同については、労働契約との関係では同じ(前者も後者と同様に広く解すべき)とする見解もあります(下井隆史『労働基準法〔第5版〕』293頁)。しかし、通説・判例は、前者は後者より狭く、前者が過失責任主義に基づき、「故意、過失または信義則上これと同視すべき事由」を指すのに対し、後者はより広く「使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むもの」としています(菅野前掲書457頁、ノースウエスト航空事件最判S62.7.17民集41巻5号1283頁)。