ネット上の法律相談を見ていると、「これってパワハラですか?」と尋ねる投稿をたくさん見かけます。
そのような投稿を見るたびに私が疑問に思うのは、「この相談者は、『パワハラ』だとしたら、どうなると思っているのだろう」ということです。
事実の評価方法は様々ですが、少なくとも法律問題として捉える場合、発生する効果を想定したうえで、その効果を発生させる要件に該当するか否かを検討する必要があります。法律は、一定の要件のもとで、一定の効果が発生することを定めているものだからです。効果との関係を無視して、「○○に該当するか」を問うても、無意味です。
この点、「パワハラ」については、これこれの要件を満たせば、これこれの私法上の効果が発生すると定めた法令は日本には未だありません。
H24年3月、厚生労働省が設けた「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」を取りまとめましたが、その中で「職場におけるパワーハラスメント」の語について「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義しました。
ネット上では、これが「パワハラ」の法的な定義であるかのような言説が散見されます。しかし、上記の定義に該当したら、このような法的効果が発生するという法令は存在しません(※)。
※R1年5月に成立した労働施策総合推進法では、パワハラにあたる行為を「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」と規定しています。しかし、これに該当する行為があった場合に私法上の効果が生じる規定となっていないことに変わりがありません。
実際にパワハラがあった場合の被害の救済は、不法行為や債務不履行(職場環境配慮義務違反)といった一般的な法律構成によることになります。そうすると、法律問題としては、ある行為が「パワハラ」に該当するか否かを論じても意味は乏しく、端的に「不法行為」や「債務不履行」の要件に該当するか否かを検討する必要があり、それで足りるといえます。
この点、近時のある裁判例が明示的に次のように述べています。
「パワハラの定義に該当する行為があっても、それが直ちに不法行為に該当するものではないと解され、それがいかなる場合に不法行為としての違法性を帯びるかについては、当該行為が業務上の指導等として社会通念上許容される範囲を超えていたか、相手方の人格の尊厳を否定するようなものであった等を考慮して判断するのが相当である」(甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件甲府地判H30.11.13労判1202号95頁)
当たり前のことです。
それでも「パワハラ」という語が社会に浸透したことには意味があります。従前なら、見過ごされていたような行為について「パワハラ」という概念が与えられたことによって、非難されるべき行為、非難してよい行為であるという認識が広まったからです。その結果、従前なら耐え忍ぶほかなかったであろう労働者が「それはパワハラです。止めてください。」と抗議しやすくなったといえるでしょう。そのような意図のもとでなら「これってパワハラですか?」との問にも意味があります。
しかし、多数の同様な問がその趣旨でなされているものなのかどうか、「パワハラだとするとどうなる」という点に触れないまま繰り返されているネット上の問と(弁護士の)回答を見ていると、しばしば疑問に感じざるを得ないのです。