無効な解雇を受けた労働者が他社で再就職してしまうと、以後の賃金請求権の発生を否定される場合があります。このことを就労の意思・能力の現存が不就労期間の賃金請求の要件であると説明されることもあります。しかし、この説明には疑問があります。
順を追って解説します。
無効な解雇を受けた場合等の不就労期間について、労働者が賃金を請求できる法律上の根拠は民法536条2項とされています。同項は、「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」と定めています。
無効な解雇を受けた労働者の場合で言えば、使用者が無効な解雇を通告し、就労を拒絶したという使用者(労働義務の「債権者」)の責めに帰すべき事由によって、以後、労働義務の履行が不能となったけれども、使用者は、同項により反対給付(賃金の支給)を拒むことができないため、賃金請求が可能となる理屈です。
では、この場合に、後日、労働者が就労の意思・能力を喪失したとして、そのことは、同項の適用上、どのような意味を持つでしょうか。
使用者が解雇を通告した以上、解雇を撤回しない限りは、使用者は労務の受領を拒絶し続けているのであって、労働者の就労が不能であることに変わりはありません。
問題は、労働者が就労の意思・能力を喪失したことにより、使用者の解雇と就労不能状態との間の相当因果関係が切断されるのではないか、ということでしょう。
民法536条2項の文言に則して言えば、「債権者の責めに帰すべき事由によって」の「よって」に該当しなくなるのではないか、という問題です。
この点、たとえ労働者が就労の意思・能力を喪失したとしても、就労の意思・能力を喪失したこと自体について使用者に帰責性が肯定されるような場合には、なお相当因果関係の切断は認められず、「よって」に該当すると言って差し支えないでしょう。現に、労働者が使用者の責めに帰すべき事由により就労の意思を形成しえなくなったものと認めて、以後の賃金請求を認容した裁判例があります(東高判H23.2.23労判1022号5頁)。
すなわち、就労の意思・能力の現存が不就労期間の賃金請求の要件であるのではなく、就労の意思・能力の喪失により(不就労期間の賃金請求の要件である)使用者の帰責事由と就労不能との間の相当因果関係が切断される場合がある、というのが正しい理解といえます(荒木尚志『労働法〔第4版〕』138~139頁、土田道夫『労働契約法〔第2版〕』249頁、佐々木宗啓他編著『類型別 労働関係訴訟の実務〔改訂版〕Ⅱ』380頁参照)。